効果的な災害対策立案に向けた潜在的災害弱者定量化の試み
気候変動などに起因する極端な気象水文現象が増加傾向にあると言われる中で、極端事象に対する効果的な被害軽減策の立案が急務となっている。この際、不可欠となるのが加害外力に対する脆弱性の詳細な把握である。
災害リスクを考える場合、ある加害外力に曝される集団全体の平均的な脆弱性を見込むことが多い。しかしながら、過去の災害をみると、集団の平均的な脆弱性を根拠に政策決定を行うことは、災害に対して最も脆弱な人々を災害から十分に守ることにならず、災害リスクの観点から著しく公平さを欠くことになる場合がある。脆弱性は個々人の特徴によって異なることから、元来一律でありえないが、それを一律に見込むことは事象を単純に捉えすぎていると言える1)。
また、いかなる災害脆弱性を考える場合でも、その災害を引き起こす外力の物理的特徴とともに、その外力に曝される個々人の社会的特徴を把握することが必要であるが、後者については十分考慮されないことが多い。そこで本研究では、特に後者に焦点を置いて、効果的な被害軽減策立案に必要な、災害脆弱性を高める社会的特徴をもつ人口集団の定量化を試みた。
2.方法
2.1 調査対象国と状況設定
本研究では、加害外力として洪水を想定している。日本、オランダ、アメリカを調査対象国とした。三カ国とも民主主義を基本とする先進国であり、頻発する洪水に対して独自の手法で洪水リスク管理を行っている。
また、災害対応の状況としては、初期段階での対応である避難を想定している。
2.2 災害弱者の定義
本研究では、「災害脆弱性を高める社会的特徴をもち、それを克服し、所属するコミュニティ内で、他と同等のリスクレベルになるためには、何らかの追加手段を必要とする者」を潜在的災害弱者(PVP: potentially vulnerable people)と定義した2)。またそのような特徴を持った者の集合を災害弱者となる可能性がある者の集団(潜在的災害弱者集団あるいはPVP集団、a group of potentially vulnerable people)と呼ぶ。
2.3 社会的特徴、潜在的災害弱者集団、指標の設定
社会的特徴に起因する災害脆弱性の定量化を試みるために、以下の特徴、集団カテゴリー、指標を過去の文献に基づいて設定した(詳細は参考文献3)を参照)。PVPの特徴として、まず大きく、1) 物質的、経済的あるいは両面で不利な状況にある、2) 身体的、精神的あるいは両面で不利な状況にある、3) 情報を入手しにくい状況にある、4) 人あるいは物に対し何らかの強い責任や執着がある、の4項目を定めた。
「身体的、精神的あるいは両面で不利な状況にある」特徴に関しては、それぞれの集団で異なる指標となっている。生活貧困者については、この特徴に関する適当な指標が見つからなかった。また、女性については、この特徴と顕著な結びつきのある指標が2つ設定されている。
「情報を入手しにくい状況にある」特徴については、防災関連情報が事前に知り得る状態にあったかどうかという観点の指標となっている。高齢者では、過去の経験が避難の成否に強い影響を及ぼすという研究結果を参考に指標を設定した。
「人あるいは物に対し責任や執着がある」の特徴では、各集団について、保護責任や義務、あるいは愛着や執着などに伴う献身的行動により、自らの避難が妨げられる場合を考えている。例えば、子供と子供の世話や面倒をみる人の間には愛着や責任感があり、自己優先の避難行動は選択されない。また生活貧困者や家畜・ペット所有者では、所有物や飼育動物に対する執着が避難を遅らせる。
(*)なお責任に伴うPVP集団は一般的に保護者・介護者であるが、保護・介護の対象となるPVP集団名で代表させた。
2.4 データ
データは、各国の統計局および研究機関の統計資料から直接収集した。それをもとに、各国のPVP人数を指標ごとに推計した。
3.結果と考察
図-3~5から、3カ国ともに上位10指標で全PVP人数合計の80%を占めることがわかった。また、上位10指標が総人口に占める割合は、それぞれ5%から33%であった。この結果から、上位指標は、災害に強い社会をつくる方策を策定する際、PVPの視点からの、検討の出発点になるのではないかと考える。
また、上位10指標のうち7指標で3カ国が一致した。7指標とは、車を所有しない女性、ペット所有者、障害者、識字能力が低いあるいはない人、0~14歳児、子供の面倒をみる立場にある者、障害者の介護者である。この結果からは、各国が同じ問題点を共有していることが示唆され、特にPVP人数の総人口に対する割合が同程度となった点に関しては、各国とも他国が採用している対策に学び、自国に適用を試みることも考えられる。
調査対象とした3カ国とも、PVP人数の総人口に対する割合は、「物質的、経済的あるいは両面で不利な状況にある」、「人あるいは物への責任や執着がある」の特徴が占める割合が高く、「情報を入手しにくい状況にある」、「身体的、精神的あるいは両面で不利な状況にある」といった特徴の割合は比較的低かった。
調査対象として選んだ3カ国とも、「物質的、経済的あるいは両面で不利な状況にある」という特徴
をもつ人々、特に自動車を所有しない女性が全PVP 指標の中で高い割合を占めた。他の集団カテゴリーでも、車を持たない、車へのアクセスがない場合、全PVP指標の比較的上位に入っている。この3カ国では、避難の際自動車を利用すると考えられることから、自動車が利用できるかどうかは、避難の成否にかかわる可能性がある。
社会的脆弱性に関わる特徴
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潜在的災害弱者(PVP)集団
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PVP定量化のために設定した指標(PVP指標)
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物質的、経済的あるいは両面の不利
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子供
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車なし家庭
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高齢者
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自家用車なし
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社会的少数派 (民族)
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自家用車なし
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障害者
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自家用車なし
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貧困生活者
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自家用車なし、最低所得層
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女性
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自家用車なし
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身体的、精神的あるいは両面の不利
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子供
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0~14歳
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高齢者
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66歳以上、何らかの障害あり
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社会的少数派 (民族)
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服装の制約あり
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障害者
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慢性あるいは一時的身体的障害、慢性あるいは一時的精神的障害
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貧困生活者
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(なし)
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女性
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文化上の旅行制限
妊娠
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情報入手上の 不利
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子供
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早期警報システムが学校にない
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高齢者
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避難に積極的でなくなるような経験がある
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社会的少数派 (民族)
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居住地域に不慣れ、非識字
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障害者
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十分な避難時間の確保を目的とした早期警報が障害者施設にない
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貧困生活者
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早期警報システムがない環境
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女性
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早期警報システムがない環境
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責任や執着に 伴う行動の制限
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子供
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子供の世話をする人
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高齢者
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高齢者の世話をする人
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社会的少数派 (民族)
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居住地と強い精神的結びつきがある人
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障害者
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障害者の介護者
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貧困生活者
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所有物を置いていけない人
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女性
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妊婦の世話をする人
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動物飼育者
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ペットや家畜の所有者
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表-1 社会的脆弱性定量化のための各特徴、各PVP集団毎に設定した指標
実際には、避難に使える時間がどのくらいか、洪水の発生は一日のどの時間帯かで、自動車を実際に利用できる人数は変化するとみられる。即時避難が必要な最悪のシナリオを想定すると、自動車の有無はさらに大きな影響要因となりえる。一日のどの時間帯に洪水が発生するか、その時車はどこにあるかは重要な問題である。特に、一家に一台しかないという場合はなおさらである。
2番目に多かったのは、「人あるいは物に対する責任や執着がある」場合である。例えば子供と子供の面倒をみる人、ペットとペットの所有者といった関係を指している。割合に違いはあるものの、3カ国で共通して、子供とその面倒をみる者、障害者とその介護者、ペットとその所有者など所有物と所有者の関係で、高いPVP人数の割合がみられた。
3番目に多かったのは、「身体的、精神的あるいは両面で不利な状況にある」という特徴であった。アメリカの場合、この特徴に関する割合の高さは、子供と障害者の数が他の2カ国と比べて多いということも考えられる。アメリカの子供の数は、日本やオランダに比べてほぼ2倍、障害者についても同様の傾向があり、アメリカは全人口の19%、オランダは11.8%、日本は5.8%となっている。アメリカに障害者が多いのは、アメリカ障害者法に一因があると考えられる。本法は、障害者として登録されれば、医療サービスが簡便に利用できるよう定めている。
PVP人数の割合が最も小さい指標は、「情報を入手しにくい状況にある」というものであった。災害の初期段階での早期警報システムへのアクセスが無いことは脆弱性に影響すると考えられたが、それを要因としたPVP人数は非常に少ないかゼロであった。情報へのアクセスという観点で、今回例外的に高い指標を示したのは、3カ国とも識字能力が非常に低いか、ない場合であった。インターネットを利用した警報など技術がさらに高度化しているにもかかわらず、識字能力が低い人々は十分に警報を理解できていない実態が推察され、別の情報提供ツールを考える必要があろう。
4.おわりに
調査対象とした3カ国のうち2カ国で、自動車へのアクセスがない女性、ペットあるいは0~14歳の子供をもつ者が上位3指標となった。3カ国すべてで、上位10指標が災害弱者となる可能性がある人々の80%を占めた。この上位10指標は、災害弱者の耐性を高めるための検討の出発点となるのではないか。また、この10指標のうち7指標は3カ国で共通していることから、各国は相互に対策を学び合うことで、自国への適用を考えることもできる。
数種類の特徴や災害対応時の段階を分けて分析する手法は、利用する指標が明確で、それに対応するデータが入手できれば、洪水以外の加害外力や別の災害弱者になる可能性がある人々を対象にする研究にも利用可能である。
謝 辞
本稿は、筆者が土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)と政策研究大学院大学(GRIPS)が共同で運営する博士課程「災害学コース」で取り組んだ博士論文の一部を元にしている。竹内邦良教授に主査、Kelly Kibler氏に副査を務めていただいた。その他ICHARMの研究者の方々からもさまざな助言をいただいき、ここに感謝の意を表する。また、本稿の翻訳にあたって、大久保雅彦氏にご尽力いただいた。日本語訳の監修は、竹内教授にお願いした。
参考文献
1) O. D. Cardona, “The need for rethinking the concepts of vulnerability and risk from a holistic perspective: a necessary review and criticism for effective risk management,” in: G. Bankoff, D. Frerks, D. Hillhorst (eds) Mapping vulnerability: disasters, development and people, 1st edn. Earthscan Publishers, London, pp 37-51, 2004
2) K. Vink, K. Takeuchi, “International comparison of measures taken for vulnerable people in disaster risk management laws,” Int. J. of Disaster Risk Reduct., 2013, Doi: http://dx.doi.org/10.1016/j.ijdrr.2013.02.002
3) K. Vink, "Vulnerable people and flood risk management policies," Doctoral thesis, 2014
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